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    札幌観光の定番、石屋製菓の白い恋人パーク。 2008年も見事に花がさきました。 本文はこちら

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なぞのシャトルバス

石狩温泉番屋の湯のタダ券がおくられてきたので
母が
「温泉はいれなくても海がみれるからいこう」
といって、シャトルバスの確認をしたところ、
無料で一日数本動いているとのこと。
しかも家のすぐ近くを通るという。

それはよかったとおもい、
「十一時」
との情報にあててまっていたが、
ぜんぜんこないので、15分ほどたって電話してみたら
「十一時麻生発なので」とのこと。

多分母が電話で聞き違えたのだろう…というか
好き勝手に解釈する人なので
多分そうしたのだろう
ということで、もうすこしまってみたら、

なぜか石狩方面から麻生方面へむかう
番屋の湯のバスがむかいの車線を通り過ぎていった。

それから30分まってもう一度電話したら
「もうそこはつうかしているはずです」とのこと。
わたしたちはかれこれ一時間くらい立っていたのだが、
逆方向に行くバスをみただけである。

母と番屋の湯の間に多分なにか
意思の疎通がなかったというか
なんというかそういうコミニュケーション事故が
あったとおもわれるのだが
まったく謎の事件で
今日は母に海をみせるのをあきらめました。

強烈な日向に一時間もたっていたので
へとへとにつかれてしまい(病気なもんで…)
昼食は二時にずれこみました。
昼を食べたら冷蔵庫がからになったので
五時過ぎによれよれ(病気なもんで…)と
買い物にでかけ、
幸いひるにたくさん食べたので
よるはコロッケですませました。
今もよれよれです。

具合悪いので
ことさら温泉に入りたいわけじゃないし
お金(昼食代ね)もかかるので
あまりわたしは乗り気でないのですが
母が海をみたがっているので…

うちは車を運転してはいけないので
ちょいのりレンタカーというわけにもいかず
路線バスを乗り継ぐには本数がすくなすぎるし
交通費も同じ市内とは思えないほどかかるので
シャトルバスと温泉の二階はかなりポイントなのですが
うーん

いちどわたしがシャトルバスの件を
温泉に確認してみようかとおもいます。

太った

太ったんですよ…
なぜかというと
おかずを買うお金がなくて米ばっか食ってたからです。

あと冬だったので
運動といっても買い物に歩いていくくらいしかできなくて
ウォーキングもジョギングも気力もなくて
さむいけど灯油代なくて
布団にはいってたら寝てしまって
それが母の入退院くりかえしの期間二年続いて
それですっかり太りました。

今年の春、ちょっと走って近くの郵便局までいったら
ひざをこわし
しばらく足をひきずって歩いてました。

走る筋力がない…

ショックです。

でも落ち込んでいても仕方ないので
とりあえずウォーキングから再開してみようかとおもい
今日すこしあるいてみたら
おなかがいたくなりました…
信じられん…
うちに帰ってきてトイレに駆け込んで
そのあとダウン。
体が冷えたみたいです。
こんなにあったかい日だったのに…

それでも
ふたたびウォーキングの時間をとりたいとおもいます。

癌の母も今は在宅です。
病院にいても弱る一方なので
家で好きなことをさせています。
ぐあいわるいなりに安定しているので
一人でいても大丈夫な時間もあるので
そういう時間に少し歩きたいと思います。

だいぶ放置。

いつごろからここをわざと放置同然にしていたのか
定かではないですが
そろそろいいんじゃないかなとおもって
戻ってきてみました。

前にここに鬱病で就業困難と書いたら
「はたらけよ」という
こころあたたまるメッセージをいただいたので
多分それ以来放置してあったんだとおもいますが、
ちなみにいまは
母が癌で仕事をたたまざるを得なくなり、
我が家は必然的に生活保護です。
「保護下にある家庭でももっとも悲惨な家庭の一つ」
といわれました。
母が倒れた当時の持ち金は
わたしが250円、母が80円でした。

こんなことかくとまた
心温まるメッセージをいただきそうで
いやですね。
「生活保護を受けてるやつは
標準服を着せて収容所にいれて現物支給して強制労働させろ」
というのがネットでの一般的な意見らしいですから…
まったく、戦時下並です。
このあいだツイッターで、つんく♂まで「現物支給にしたら」といってましたよ。
世も末です。
なにが先進国なんだか。

ところで母が起き上がるのに大変苦労するようになり、
いまだいたい20分くらいかかるのですが、
先日夜中に3時間かかってもおきあがれなくなりました。
これはなぜかというと背骨が折れているからです。
MRIというのがあって
まあレントゲンのお化けみたいなやつです、
それをありがたいことに
とっていただいたので
わかったのですが。
わかっただけで病院はなにもしてくれません。
「癌の骨への転移ではないですよ。」のひとことで終わりにされました。

母はストマーなので、
コルセットをはめることもできないのはわかるのですが
せめて整形外科にまわしてくれるべきではないですか?
「癌の転移のせいではありません」なんて答えがききたいのではなく
時間の経過とともに
起き上がれるようになるよう
指導なり治療なのしていただきたいのです。
できないのであれば
できない理由をきかせてください。
そして痛み止めをだしていただきたいです。
札幌市の中規模病院で
MRIまでとってこの始末、
保護の無駄遣いとはこのことではないですか。

同じ科をまたいだ治療でも、
副作用がでたときの皮膚科への診療は
その日のうちにやってくれました。
なぜ整形外科にまわさないかというと、
整形外科の先生はお偉いかららしいのです。
「整形外科は敷居がたかいんだよね」
ですって。
それなら近所の整形外科にいきますから
MRIのデータをメディアに落としてこちらにわたしていただきたいです。
それにしてもそんなお偉い先生、
いるだけじゃまですよね。
とっとと北大に送り返して
教授でもさせときゃいいのにと思います。

患者思いのいい先生ばかり大学にもどってしまって
本当にこまっています。

母はそろそろ使える抗がん剤がなくなってきて、
ゴールが見えてきました。
骨折であれ癌であれ
痛いのはかわいそうなので
なんとかしてあげたいですが
三度の食事をつくり母の病院に付き添うだけでも
情緒が崩壊しがちなわたしは
なにもできません。

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